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醤油ソムリエールの肩書で全国の醤油蔵を取材し、紹介活動をしている黒島慶子さんに、醤油についてお話を伺いました。

2018年6月27日(水)

くろしま けいこ
黒島 慶子(醤油ソムリエール)
 
香川県・小豆島生まれ。
醤油の町としても知られる小豆島の醤油蔵・職人たちとの交流を皮切りに、全国の醤油蔵を訪れ、数多くの醤油を取材。個性さまざまな醤油の世界をイベントやワークショップ、執筆の形で発信し続けている。

1.醤油ソムリエールを始めたきっかけ

愛知県西尾市。
三河湾の中央あたりに、海と山のどちらにも近い西幡豆という町があります。そちらで農家と糀屋を営むご主人と暮らしながら、ご自身は醤油ソムリエールとして全国の醤油を取材・発信している黒島慶子さんにお会いし、対談させていただきました。

阪本とても気持ちが良いところですね。
海が近くて、やさしい海風が届いていますね。

黒島さん
(以下、敬称略)
主人とここで住むようになって、そろそろ2年です。
建物の2階からは、三河湾を眺めることができるんですよ。

阪本いいですね。
黒島さんは小豆島にいらっしゃることもありますよね?

黒島今はここと、地元の小豆島(香川県)を行き来する2拠点生活をしています。

阪本小豆島へは2回行ったことあります。
小さい島のイメージだったけど、行ってみると結構広いことに驚きました。
フェリー乗り場から、見学したい醤油蔵まで車で1時間かかったんですよ。

黒島私の実家も父方の家系は醤油業を営んでいました。
生まれも育ちも小豆島だったせいか、醤油には馴染みがありすぎるというか。
醤油が身近にあるのが当たり前の環境で、小豆島を醤油の町として見るようになったのはだいぶ経ってからでした。

阪本醤油ソムリエールとして活動を始められて、どれくらい経つのですか?

黒島15年経ちます。

阪本小さい頃から醤油にご興味があったのですか?

黒島いいえ、全然(笑) 20歳の時からです。
もともとはアートに興味を持っていて、美術系の学校に通っていました。
将来もアートの世界に関わるものと思い込んでいたのですが、卒業制作のテーマ探しが醤油と向き合うきっかけになったんです。

卒業制作を通じて、自分ならではの社会との関わり方を見つけようと考えていた当時、「表現とは自分が培って来たものからしか生まれない」という文章を好きな本から見つけて、まずは自分のルーツを探ることから始めてみるかと。
そうしたら、醤油に行き着いたんです。

阪本はじめて醤油の町である地元を意識したわけですね。

黒島そうです。その時はじめて、醤油のことを調べました。

阪本小豆島って、木桶仕込みのお醤油としても知られていますよね。

黒島私にとって近所の醤油蔵は、醤油屋さんでもなんでもなく、普通の近所のおじさんだったんですよ(笑)。
醤油や木桶もこれまで当たり前に見ていたので、調べていくうちに「まさか!」って感じになっていきました。

阪本そこが、実は希少価値の感じられるお醤油屋さんだったんですね。

黒島改めてお話を伺ったら、なんて素晴らしいことをしているんだ!と(笑)。
驚きました。「ぜひ続けてくださいね」と言ったら、「儲からないから続けられない」と返されたんですよ。

阪本外から見ているだけは分からないお話しが、急に聞けてしまったのですね。

黒島他の蔵も同じで。
「生まれ変わったら醤油はもうやりたくない。」
「子供には継がせたくない。」
こんな話が多くて、実際には続けることが難しいんだな、ということがわかりました。

阪本本当に生の声ですね。
でも良いものを作っているのに、どうして厳しいのですか?

黒島これは醤油に限らない話で、「もしかしたら良いものが続かない世の中なのでは?」と思ったんですね。
確かに、「自分も醤油をきちんと選んでいたか?」と自問すると、スーパーで何となく選んでいたことに気づきました。

阪本私も食の3重丸の担当になるまでは、そんなに選んでいなかったです。
醤油って、選ぶ基準自体をわからない方、多そうですよね。

黒島「他の方も自分と同じでは?」と思いました。選び方自体がわからない。
その結果、良いもの・感動するものが選ばれない、売れない、儲からない、消えていく、という流れがなんとなくありそうに思えて。
いま私たちが選ばないことで、良いと思えるものが残らない。
そうすると、100年後の子供たちは、そう言うものすら知らないし、手に取ることができなくなってしまうのでは、と。

阪本そうですね。

黒島そう考えて、その子たちが良い物を選ぶという行動を続けられる世の中にするために、醤油を選べる環境を作る。
それを仕事にしようと思ったのが、醤油ソムリエールの始まりです。
自分が紹介することで、選びたい人には選べる状況ができる。
すべての食材に対して自分ができるとは思っていないのですが、私は醤油の町で育ったので、醤油に関しては自分に聞いてもらえれば、という状況を作ろうと思いました。

阪本はじめは、小豆島からスタートされたんですよね?

黒島そうです。地元の小豆島の人に認めてもらえない限り、キャリアは進まないと思っていました。
ただ、全国にも良い醤油屋さんがあり、地域ごとの醤油の良さにも気づいていたので、小豆島の醤油だけを紹介していくことに段々と違和感を感じ始めたんですね。

阪本それで、全国へ行かれるようになったんですね。

黒島開き直っちゃったんです(笑)。
全国の醤油や蔵元さんを調べるようになってから、自分が紹介したいものを紹介できるようになり、小売店やメディアの方々から依頼をいただくようになったんですね。
そうすると、逆に小豆島の醤油を紹介するきっかけも増えて、ありがたいことに本の出版の話もいただきました。
出版後は、地元の蔵元の方からも逆に質問されるようになり、私の話も聞いてもらえるようになりました。

阪本その状況までいくのは本当に大変だったと思います。

黒島そうですね。
でも、一生かけて醤油を紹介するという気持ちは揺らがなかったです。
おかげさまで、出版後は自分のやりたいことに近い活動ができてきたし、自分が全国の蔵元さんを取材させていただくことで、小豆島に興味を持たれる方との出会いもありました。

2.「生産者と消費者とのつなぎ役」の意味

阪本蔵元を見学して、主にどういうところに感銘を受けたのですか?

黒島造り方です。自分も美術の世界でものづくりをしていたせいか、人が何かを生み出すことに関心がありました。

阪本職人さんの世界って感じがしますよね。

黒島そうです。女性が立ち入れない世界、奥さんですら現場を知らないってことが多いんです。
そんな状況だったので、初めの頃は、20歳の女の子が醤油を教えてくれとやって来て、きっと困っておられたと思います(笑)。
当時は発酵ブームなんてまだ全然なかった時期で。私も「学校の課題だから教えてもらえないと帰れない」と頼み込んで、渋々教えていただいていました。

阪本醤油に魅了されたから、大変だけどなんとか進んでこられたのですね。

黒島醤油って、気候風土に根付いて造られるし、その人だからできる味があるんですね。
それが生きがいや誇りにつながっていく。
きちんと醤油を造る蔵元さんのお仕事ぶりを見ていく中で、そういうことに惹かれるようになっていきました。

阪本ここまでお話しを伺って、『食の3重丸』と考えている方向が近いと思いました。
先ほどの「100年後の子供たちへの視点も」そうですし、「選びたい人が選べるような状況をつくる」とか、家族に食べさせるものと同じ想いでこだわって作っている、そういうつくり手さんが頑張って続けていけるように応援したいのが、食の3重丸の考えでもあります。

黒島想いの方向性が近いですね。
このような想いある行動が増えていくと、未来が変わると思っているので嬉しいです。

ここで黒島さんが、著作物の「醤油本」を見せてくださいました。

黒島この本を出版する時点で、1300の蔵元のうち、130ほど回ったんです。
130の蔵元さんも個性がいろいろなんですよ。
それに、地域が違うと、その地域の方が「美味しい」と思う基準も変わってきます。

阪本たくさん行ってらっしゃいますよね! すごいと思います。
興味のある蔵元さんのことは、どうやって知るのですか?

黒島知人からの紹介や、醤油品評会で評価を得ている蔵元さんなどから、興味を持ったところを取材しに伺う感じです。
1300の蔵元さん全部へ行こう、と言う発想はなく、なるべく想いの感じられるところに行きたいと思っていますし、「ここはいいな」と思った蔵元さんには何回も伺っています。

阪本蔵元さんに伺った時に、気になるポイントのようなものをお持ちなのでしょうか?

黒島自分が蔵元に対して「いいな」と思うポイントが3つあるんです。
・きちんと想いがある
・その想いが蔵に反映されている
・働いている人が生き生きしている
この3点をしっかり感じられる蔵元さんが好きです。
一方で、3つ満たせてなさそうでも気になる蔵元さんもあります。
蔵の香りが良いと、醤油の香りが良いところが多いですね。
蔵元さんに到着した瞬間、わかるんですよ。

阪本想いが蔵へ反映されているとは、どういうところでわかるのですか?

黒島広島県にある蔵元さんの例ですが、醸造の際に、すぐに人が手を入れるのではなく、大豆や麹菌などが持つ自然の力を支え引き出すように1年以上寝かせる。醤油造りを通じて家庭料理や食卓・健康を想い、蔵は人の体と同じと捉えて常に清潔さを保つ、櫂棒や手でもろみと会話するように混ぜる、など。
こういったところに、醤油造りに対する考えや愛情が見えてきます。
その蔵元さんの造る醤油は美味しく、味のブレも少ないのですが、多くはありません。

阪本職人さんの経験値というか、試してみないと分からないことを、きちんと試されているんでしょうね。

黒島醤油造りが好きで、自分で探求して見つけられたことなんですよね。
だから、取材していても言葉に説得力があるし、後継の方にもその考えが伝わっているように感じます。

阪本想いを持ってやっている蔵元さんと出会うこと自体、黒島さんにとっても貴重な経験になりそうですね。

黒島想いを持つことって、伝統を持つことに繋がっていくんですね。
ただ、想いの強さ故に、後継の方との間で衝突があるという話もよく聞きます。
醤油は味を変えてはいけない、という考え方があるようなので、跡継ぎの方が違うことを思いついて実験しようとする時点で否定されることもあるようで、やる気の高い蔵元さんは親子喧嘩が多いみたいです(笑)。
伝統と革新のバランスみたいなことなのでしょうね。

阪本互いに強い想いがあるからこそですね。
「生産者と消費者とのつなぎ役」でいたい、と言われていますが、詳しく教えていただけますか?

黒島醤油ソムリエールとしては、選ぶ基準を正確な情報で伝えて、ご希望に合うマッチングをすることが、つなぎ役のあるべき姿だと思っています。
スーパーに行っても、そんなにたくさんの醤油がある訳でもないし、いつも正確な知識で売られている訳でもない。そのために、偏りのない情報を伝えることを心がけています。

阪本「選ぶ基準」自体がさまざまですものね。

黒島そうなんです。
「好き」や「ダメ」の理由は、人によってさまざまですよね。
自分のスタンスとしては、醤油としてあるものは一旦すべてを肯定した上で、主観的ではなく客観的なことを言おうと思っています。
大量生産を悪く言う方もいらっしゃるけど、今それが世の中からなくなったら、それはそれで大変じゃないですか。だから、それも良しというスタンスで。

阪本個人の蔵元さんも、大手の製造企業も、それぞれの良い点があると言うことですね。

黒島そうです。
「客観的なこと」と言うのは、醤油でいうと官能検査という、主に色と香りで醤油を品評する仕事があるのですが、これによって、醤油の特徴を説明できるようにしています。

醤油は「薄口」「濃口」「再仕込み」など、JAS法で色が決まっており、出荷の基準にもなっています。
熟成期間でも変わる基準が変わり、長ければ長いほど良いわけではないのですね。
旬があります。醤油業界でよく言われるのは、3年熟成がピークで、それを過ぎると香りが劣化し、風味も分解されて味がなくなると言われています。

阪本どれを美味しいと思うかも、人によって異なりそうですね。

黒島3年を過ぎた醤油でも好きな人はいらっしゃいます。
風味に欠点があると、醤油の官能検査員としてはマイナスをつけざるを得ないのですが、これを美味しいと愛用している人もいるので、ソムリエの立場の時は、「それはダメですよ」とは言わないところもあるんです。

阪本それに加えて、地域ごとの違いもあるんですよね。

黒島全国の蔵元さんへ行くとわかるのですが、地域ごとに好まれているものが違う。風土も気候条件も生理状態も違う。
私としては、知識の偏りを避けるために全国の蔵元さんを訪れ、彼らの考えをきちんと聞きながら情報をまとめているつもりです。

阪本官能検査員という立場と、ソムリエという立場の二つがあるんですね。
食の3重丸も、認定製品は選択の一つであるとしています。認定製品以外はダメだと否定しているのではないのですが、ダメだと判定していると思われることも時折あり、それが悩むところです。
もっと伝え方を頑張らないといけないですね。

3.蔵元の悩み

阪本蔵元さんから聞く悩みってどんなことが多いですか?

黒島いろいろと悩んでらっしゃるみたいです。
よくお聞きするのは、大豆の価格が上がってしまい、醤油の値段をあげないといけないのだが、他の蔵元さんはどうしてる?みたいなご相談ですね。

阪本大豆の値段が上がると、とても厳しいでしょうね。

黒島輸入大豆をお使いの蔵元さんもいらっしゃいます。
国産というだけで価格がぐっと上がってしまうから。

阪本大豆の価格設定について、その年の豊作や不作の状況で輸入大豆の価格が決定し、その価格をベースに、国産大豆は常にそれより高く引き上げた価格に設定されているということを伺ったことがあります。
だから国産を使うと醤油の値段も高くなるんですね。

黒島例えば混合醤油を作るのがメインでも、ちょっとだけ国産大豆の醤油を造って看板にしているところも多いです。敢えてそうしているようです。
看板と主力の製品が違うと言うか。

阪本ご苦労されているんですね。

黒島ほとんどの製品が混合醤油だが、お客さまからリクエストにお応えできるように国産大豆の醤油を少し造る、または他から買って揃えておく、と言うのはよく見ますね。
ほかの蔵元さんから醤油を買う傾向もあると思います。これも少なくないですね。

阪本他から醤油を仕入て販売される蔵元さんがあるということは、知らなかったですね。
その際、表示に関しては何かあるのですか?

黒島特にないようです。
これは、高度成長期に自社醸造をやめて共同事業化させる動きが国策としてあり、そういった時代要請に従った蔵元さんが多くいて、自分たちでつくる醤油も平均化されたものになってしまったことが背景にあると聞きました。

阪本高度成長期は機械化が良いと思われていた時代ですしね。

黒島戦後、食糧難で醤油が足りなくなって機械化が進む時期に、昔ながらの手間暇かけて造る醤油に対して否定的な風潮があったと。
しかも機械化によって品質は一定になるし、現場も清潔というイメージがあるから、なおさら。

阪本機械化することにもお金が必要ですし、蔵元さんがそれぞれに対応できる話でもなかったと。

黒島そうですね。
機械化の流れの中で、相手にされないくらいに小さい蔵元さんの一部が、その状態で今まで生き残った。そこが最近、特徴的な醤油造りをすると取り上げられるようになった流れはあります。

阪本一方で、最近は木桶仕込みの醤油に関心が集まっていますよね。

黒島最近になってですね、木桶がちょっと流行りだしたのは。
ほとんどの蔵元さんは、新しい設備を購入することが難しくて、先代が使っていた道具をそのまま使い続けていたんです。それを恥ずかしいと思っている蔵元さんは多かったですね。
私が取材に伺った時も「桶の写真は撮影しないでくれ」と言われたり。

阪本そうなんですか。機械化が良いと思われていたのでしょうね。

黒島私がそれこそ200回は伺った木桶仕込みで有名な地元の蔵元さんがあるのですが、そこがメディアに出るようになってから、木桶醤油への見方がガラッと変わった感じはしますね。
一方で、効率化を図る上では機械を入れ替えることも大事なので、想いが強い蔵元さんほど必要に応じて機械を入れる傾向もあります。

阪本造り方がお値段に影響することもあるのですか?

黒島そうですね。
大豆の値段がどんどん上がっている一方で、醤油の値段は下がるばかり。
普通に造るだけでは、どんどん安さへの圧力がかかってしまいます。

阪本安さで勝負するか、高くなっても差別化を打ち出すか。

黒島ステンレスタンクの長所は品質が均一にできる。
欠点としては、誰でも同じ味ができるので差別化になりにくい。
だし醤油などの加工醤油では、付加価値をつけることが製造の流れに含まれているので、やりやすいのだとは思います。
木桶はPRとして使えるようなんですね。

阪本そうなんですね。

黒島木桶への関心が高まって以来、木桶に代々付着している菌=うちの味、みたいな言い方ができるようになっています。
ただ、木桶の醤油は手造りそのものであり、美味しいものと まずいものの差も激しいです。
差別化しやすいのでしょうが、残念ながら美味しくない醤油も多いんです。

阪本後継者のお話も挙げられていますね。

黒島後継者の問題は大きそうですね。
実際、いい醤油を造れば利益が出るというわけではないようですから、後継者としても、よほどの思い入れがないと続けることが大変だと思います。

阪本醤油の造り手さんが、どんどん減っていってしまうような気がします。

黒島大手へと集中する流れは、これからもあると思います。
今は人口減少の影響もあって、緩やかに市場規模が小さくなっています。
これも、自分が醤油ソムリエールの活動をする理由だと思っているのですが、大手も含めて良い業界淘汰のされ方になっていかないものだろうかと。

その中で、想いやこだわりを持ち続ける蔵元さんが少しでも残っていけるように、魅力ある醤油をもっと伝えていきたいと考えています。

4.新しい醤油の造り手が見ているもの

黒島すでに自社醸造を辞めた蔵元さんは、外で造った醤油を買って売っているのですが、その醤油蔵を継ぐ際、思いきって自社醸造を復活させる若い人も出てきています。

阪本せっかく実家の醤油蔵を継ぐんだったら、やっぱり自分で造った醤油を売りたいということですか?

黒島はい。醤油造りを学んで、醤油を造る道具を揃えて、自ら販路を築いています。
投資額が大きいので、事業を軌道に乗せるのは相当大変そうですが。

阪本昔から関わっている人とは違う、醤油に対する夢みたいなものがあるのでしょうか?

黒島漠然とした推測ですが、生きがいにつながっているのではと思っています。
自分ならではの醤油の味を造ることに生きがいを感じるというか。
これは醤油に限った話ではなく、木桶を作る活動もそれに近いのかなと感じています。

阪本便利な大量生産製品がある一方で、自分の手で何かを生み出す機会が少なくなっている。
そんな社会にもどかしさを感じている人が増えているのかも知れませんね。

黒島「手造り」「昔ながらの」と言う世界に魅力を感じる人が増えていると思いますね。
自分で醤油造りを始めるくらいですから、やりがいとして手造りに向かうのでは、と考えたりしています。

阪本そう言う人たちは貴重だな、と思いますね。

黒島醤油造りも大事なのですが、味噌などの他分野で活躍する面白い人たちと繋がり、コミュニティを作って生きていくような流れなのかな、と思ったりします。
売り先もスーパーではなく、服を売るお店に卸したりしているようですし。

阪本価値観が同じ方同士でつながるようなイメージですね。

黒島そうみたいです。
こういう方たちのことは、造られる醤油の味だけで評価される訳ではないのでは、と思っていて、造り手さんのライフスタイルや価値観を通じて手造りの醤油をPRするように思えます。
買う側も、醤油だけを見ているのではなく、造り手さんのあり方というか、生き方のようなものを感じながら、その醤油を評価している気がするんですよね。

阪本こう言う新しい造り手さんのご紹介も、これから増えていきそうですね。

黒島そうですね。

阪本そうなると、醤油を紹介することの背景や意味が増える気がします。
醤油だけでなく食生活やライフスタイル、地域のことも一緒に伝えなくてはいけなくなりますよね。

黒島そう思います。

阪本黒島さんの役割やお仕事の中身が、一層多様になる気がします。

黒島私は「醤油ならこれが一番」と言う紹介の仕方は、誰に対しても難しいと思っています。
醤油の基準とは別に、造り手さんのライフスタイルを通じて醤油への親近感を持つ人もいれば、昔の習慣に基づいて醤油を選ぶ人もいるだろうし。

だから、自分がその方にヒアリングして、その方の背景や醤油に対する視点をきちんと知ることが大切だ考えています。

阪本皆さんのこだわりもさまざまですしね。

黒島そうなんです。

阪本普段の食事の中で、もっと醤油の存在を高めていくにはどうすれば良いか。
何かお考えはありますか?

黒島目に見える程度に量を稼ぐというよりは、身近さを実感していただくと言うのでしょうか。まず、醤油って、一人当たりの摂取量が一年で1.9・、1日換算で5.4cc(小さじ一杯程度)と言われているんですね。

阪本決して多くないですよね。

黒島はい。消費量を増やすといっても限度があるだろうと。
まず、家庭で料理する人が増えるだけで、食事も醤油の消費も変わるはずだと考えています。最近は、単身住まいの方も増えたので、小瓶が出だしていますよね。そういう暮らしの変化に即した食事のあり方なども、大切なアプローチかも知れません。

阪本海外に比べたら、日本はまだ外食も中食も多くはないようですが、家で食事をする頻度の落ち方が激しいと聞きます。
家庭料理に目を向けていただくことで、醤油を見直してもらうきっかけにもなるのでしょうね。

黒島自分も料理することを欠かさないようにしています。
例えば、北海道の人が九州のたまり醤油を知りたいときなど、醤油だけでなく、向こうの気候や郷土料理と合わせて情報を伝えないといけないと思っているので、自分も勉強します。
地域の醤油を知るってことは、その地域の料理を知ることと一緒なんですよね。

阪本料理を身近に感じていただき、その中に醤油があり、結果として少しでももっと売れていったら、醤油にとっては良いお話しですよね。

黒島そうですね。
自分ができることは、醤油が欲しいと思っている人のイメージに合う醤油をご紹介することだと思っているので、醤油に興味を持ってもらうきっかけを作っているつもりです。

阪本入り口を増やすと言うことですね。

黒島そうです。
今行っている醤油のワークショップでは、お子さんたちと一緒に柑橘類と醤油を混ぜてポン酢を作ってみるなど、なるべく関心を持ってもらいやすい企画にすることを重視しています。
いざ、醤油を仕込む・絞るとなると、ドロドロした液体を見てもらうことになるのですが、これが今まで知らなかった醤油の姿を見ているみたいで、興味を持ってもらいやすいんですね。
難しいことから始めずに、体験したり、好奇心を刺激できるようなワークショップを大事にしています。

阪本とても面白そうですね。

5.醤油のこれから

阪本醤油と健康って、繋がりがあるでしょうか?

黒島なかなか難しいかも知れないです。
醤油は塩分が高くて、腐るものではないものですから、殺菌効果・消臭効果については言えるけれど、健康効果とは違いますよね。
一人当たりの平均を見ても、1日5.4cc程度なので、健康への関連性は他の食材の方が大きいかも知れません。

阪本私から伺っておいてですが、なかなか連想しにくいですよね。

黒島自分としては、醤油を使った料理で家庭が楽しくなる、という方面での効果に期待して活動したいと思っています。
10年ほど前、ある造り手さんを取材したことがあったのですが、配達に同行させていただいた時に、印象的なことがありました。

阪本配達ということは、ご家庭へ行かれたのですね。

黒島そうです。
その造り手さんは、行く家々でも醤油の話はまったくしないで、近所との世間話ばかり。それなのに、お家の方は「この人の作る醤油が美味しい」と、私に話されるんです。

阪本造り手さんを、とても信頼されているように思えますね。

黒島はい。
私もはじめは不思議に感じたのですが、どの家の方も「この人の作る醤油が美味しい」と。

いろいろ考えて、この造り手さんは、醤油を介して人ときちんと繋がっているのだということが分かったんですね。
造り方や味も大切ですが、造り手さんを通して見えてくる醤油に魅力があるのだろうと。
こうやって醤油を楽しむ人の方が、よほど健康に見えるのではないかと思ったんです。

阪本醤油が家庭の団欒を支えているというか。笑顔のある食卓が想像できそうですね。

黒島無添加の国産大豆の醤油をお摂りになるともっと良いのかもしれませんが、その点だけで健康を語る話ではないような気がしたんです。

普通に家族みんなで食べていることが、一番元気に近い。
その時、私は醤油を通じてご家庭でのそういう状況を作りたいな、と感じたんです。
だからこそ自分が醤油を選ぶことへの役に立つことができれば。
「この醤油は美味しいんだ」と思っていただくことで、食卓での満足度が上がることが理想です。

阪本家庭の楽しい雰囲気を醤油が陰で支えていることを、皆さんにそれとなく認識していただけるようになると理想的ですね。

黒島ワークショップでよくする質問なのですが、「家で何のお醤油使っているか知ってる人?」って聞いてみると、大抵半数くらいの方しか知らないんです。
ですので、私のルーツとは違う意味合いかも知れませんが、醤油って、その存在自体が当たり前になってるんだろうなと思うんですね。

阪本そこで、興味を持ち直してもらうことから始めるんですね。

黒島話して興味を持っていただき、つくって興味を持っていただく。
ワークショップで作ったものは、子どもも家で関心を持って食べてくれると思いますし。
自分で作ることが好きな人って、こだわりだすと材料や作り方を追求する方が多いと感じているので、理論で説明するよりも、楽しみながら理解を深められるようにしていきたいです。

阪本食の3重丸でも食のことを扱っていますが、自分たちでものを作ってはいないんですね。
作り手をどのように生活者へ紹介するか、そこで大切なのは、発信する情報の質を良くしていくことだろうと考えていまして、それを続けていくことで信頼されるようになるのではと思っています。

今日、お話しを伺って、黒島さんも同じような立場で醤油を紹介されていると理解しました。情報の質を上げる、と言う意味で黒島さんがなさっていること、何かありますか?

黒島先ほどのお話しと重なるのですが、情報に客観性を持たせることは徹底して意識しているつもりです。主観や好みで良いと思うのではなく、官能検査の訓練を受けた上で良い理由を説明できるように。
それに加えて、蔵元さんの紹介については地域の食文化、造り方を把握した上で伝えるようにと、偏りのない知識を持つことを意識しています。

阪本公平な目線を持ち続ける、と言うことですね。

黒島はい。醤油ソムリエとして活動している方は、国内で自分を含めて3人いると聞いているのですが(群馬県/福岡県に一人ずつと黒島さんだそうです)、自分の特徴としては、製造や販売をしていないことだと思っています。

販売を前提としたスタンスでいると、自分の扱うものの中でしか紹介できなくなりそうで。人ぞれぞれにベストの醤油をご紹介したいので、自分はフラットな立場でいたいです。

阪本売らないという立場を大事にしたいのですね。

黒島そうですね。

阪本黒島さんと食の3重丸は、とても似た考え方で活動をしているのだと思いましたが、私どもは黒島さんのレベルにまだ達していないなと思いました。良い勉強になりました。ありがとうございます。

自分たちも価値を上げて、発信することを受け止めていただきやすくしていきたいと思いました。

黒島こちらこそ、ありがとうございました。

阪本この後、キャリアをどうしていきたいですか?

黒島特に決めていることはないです。
地味に興味を持つきっかけ作りと紹介を徹底して続けることかと。

醤油は日本人の味のベースでありますし、その特性上、大ブームはこないが廃れることもないと思っているので、地味に、地味に選ばれ続けて残っていくことならできるだろうと思っています。ですので、偏りのない知識と訓練を続けて、家でも料理して醤油をよく知る作業を続けるのかな、と感じています。

阪本食の3重丸でも、ワークショップやっていただけませんか?

黒島ぜひ!呼ばれたらどこでもやります。(笑)