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醤油ソムリエールの肩書で全国の醤油蔵を取材し、紹介活動をしている黒島慶子さんに、醤油についてお話を伺いました。

2018年6月15日(金)


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1.醤油ソムリエールを始めたきっかけ

愛知県西尾市。
三河湾の中央あたりに、海と山のどちらにも近い西幡豆という町があります。そちらで農家と糀屋を営むご主人と暮らしながら、ご自身は醤油ソムリエールとして全国の醤油を取材・発信している黒島慶子さんにお会いし、対談させていただきました。

阪本とても気持ちが良いところですね。
海が近くて、やさしい海風が届いていますね。

黒島さん
(以下、敬称略)
主人とここで住むようになって、そろそろ2年です。
建物の2階からは、三河湾を眺めることができるんですよ。

阪本いいですね。
黒島さんは小豆島にいらっしゃることもありますよね?

黒島今はここと、地元の小豆島(香川県)を行き来する2拠点生活をしています。

阪本小豆島へは2回行ったことあります。
小さい島のイメージだったけど、行ってみると結構広いことに驚きました。
フェリー乗り場から、見学したい醤油蔵まで車で1時間かかったんですよ。

黒島私の実家も父方の家系は醤油業を営んでいました。
生まれも育ちも小豆島だったせいか、醤油には馴染みがありすぎるというか。
醤油が身近にあるのが当たり前の環境で、小豆島を醤油の町として見るようになったのはだいぶ経ってからでした。

阪本醤油ソムリエールとして活動を始められて、どれくらい経つのですか?

黒島15年経ちます。

阪本小さい頃から醤油にご興味があったのですか?

黒島いいえ、全然(笑) 20歳の時からです。
もともとはアートに興味を持っていて、美術系の学校に通っていました。
将来もアートの世界に関わるものと思い込んでいたのですが、卒業制作のテーマ探しが醤油と向き合うきっかけになったんです。

卒業制作を通じて、自分ならではの社会との関わり方を見つけようと考えていた当時、「表現とは自分が培って来たものからしか生まれない」という文章を好きな本から見つけて、まずは自分のルーツを探ることから始めてみるかと。
そうしたら、醤油に行き着いたんです。

阪本はじめて醤油の町である地元を意識したわけですね。

黒島そうです。その時はじめて、醤油のことを調べました。

阪本小豆島って、木桶仕込みのお醤油としても知られていますよね。

黒島私にとって近所の醤油蔵は、醤油屋さんでもなんでもなく、普通の近所のおじさんだったんですよ(笑)。
醤油や木桶もこれまで当たり前に見ていたので、調べていくうちに「まさか!」って感じになっていきました。

阪本そこが、実は希少価値の感じられるお醤油屋さんだったんですね。

黒島改めてお話を伺ったら、なんて素晴らしいことをしているんだ!と(笑)。
驚きました。「ぜひ続けてくださいね」と言ったら、「儲からないから続けられない」と返されたんですよ。

阪本外から見ているだけは分からないお話しが、急に聞けてしまったのですね。

黒島他の蔵も同じで。
「生まれ変わったら醤油はもうやりたくない。」
「子供には継がせたくない。」
こんな話が多くて、実際には続けることが難しいんだな、ということがわかりました。

阪本本当に生の声ですね。
でも良いものを作っているのに、どうして厳しいのですか?

黒島これは醤油に限らない話で、「もしかしたら良いものが続かない世の中なのでは?」と思ったんですね。
確かに、「自分も醤油をきちんと選んでいたか?」と自問すると、スーパーで何となく選んでいたことに気づきました。

阪本私も食の3重丸の担当になるまでは、そんなに選んでいなかったです。
醤油って、選ぶ基準自体をわからない方、多そうですよね。

黒島「他の方も自分と同じでは?」と思いました。選び方自体がわからない。
その結果、良いもの・感動するものが選ばれない、売れない、儲からない、消えていく、という流れがなんとなくありそうに思えて。
いま私たちが選ばないことで、良いと思えるものが残らない。
そうすると、100年後の子供たちは、そう言うものすら知らないし、手に取ることができなくなってしまうのでは、と。

阪本そうですね。

黒島そう考えて、その子たちが良い物を選ぶという行動を続けられる世の中にするために、醤油を選べる環境を作る。
それを仕事にしようと思ったのが、醤油ソムリエールの始まりです。
自分が紹介することで、選びたい人には選べる状況ができる。
すべての食材に対して自分ができるとは思っていないのですが、私は醤油の町で育ったので、醤油に関しては自分に聞いてもらえれば、という状況を作ろうと思いました。

阪本はじめは、小豆島からスタートされたんですよね?

黒島そうです。地元の小豆島の人に認めてもらえない限り、キャリアは進まないと思っていました。
ただ、全国にも良い醤油屋さんがあり、地域ごとの醤油の良さにも気づいていたので、小豆島の醤油だけを紹介していくことに段々と違和感を感じ始めたんですね。

阪本それで、全国へ行かれるようになったんですね。

黒島開き直っちゃったんです(笑)。
全国の醤油や蔵元さんを調べるようになってから、自分が紹介したいものを紹介できるようになり、小売店やメディアの方々から依頼をいただくようになったんですね。
そうすると、逆に小豆島の醤油を紹介するきっかけも増えて、ありがたいことに本の出版の話もいただきました。
出版後は、地元の蔵元の方からも逆に質問されるようになり、私の話も聞いてもらえるようになりました。

阪本その状況までいくのは本当に大変だったと思います。

黒島そうですね。
でも、一生かけて醤油を紹介するという気持ちは揺らがなかったです。
おかげさまで、出版後は自分のやりたいことに近い活動ができてきたし、自分が全国の蔵元さんを取材させていただくことで、小豆島に興味を持たれる方との出会いもありました。

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